2016参院選挙
野党統一候補・日本共産党候補の紹介

参院選挙を巡る動向と歴史的意味

日本の平和外交は憲法理念に支えられ戦争で誰も殺さず殺されずの平和国家を曲がりなりにも保ってきた。だが憲法の平和理念を解釈という姑息な手段で骨抜きにしようとする策動は閣議決定という形で抜き差しならない分岐点にさしかかっている。今回の選挙で改憲勢力が国会で3分の2以上になると憲法改正、国防軍創設、海外派兵と国民主権の否定、戦前のような独裁体制への回帰がいよいよ本格化する事を意味し、それを自民党の憲法草案がいみじくも暗示している。こと頑迷な日本共産党が小選挙区で自党の候補を降ろし野党共闘に踏み切った事でも事態の深刻さは容易に想像できるだろう。政権交代ブームの覚めやらない時期に小選挙区で得た議席を守り抜くのは絶望的とさえ映るが、唯一突破できるとすれば野党共闘、それも足し算ではだめで、立憲主義の復権と戦争法案廃棄の訴えが、国民の戦いに昇華して初めて展望が開けるという厳しい選挙にならざるをえない。この壮大な綱引きは衆院北海道5区補欠選挙で膜があく。

池田 真紀衆院北海道5区補選-野党統一候補

池田 真紀 上田文雄前札幌市長らが呼び掛け人の市民団体「戦争させない北海道をつくる市民の会」と民主党、共産党、維新の党、社会民主党は野党候補を池田真紀氏に一本化することで合意、 安全保障関連法廃止を訴える無所属の野党統一候補が実現した。

池田まきさんのプロフィール
高齢者施設、障がい者施設、在宅介護などの福祉の現場で働いたのち、東京都板橋区役所の職員に採用され、板橋福祉事務所に14年間勤務。福祉の仕事と2人の子育てをしながら、独学と通信教育で「大検」「ヘルパー1級」「社会福祉主事」「介護支援専門員」「介護福祉士」「社会福祉士」「精神保健福祉士」「防災士」の資格を取得した苦労人。2011年に板橋区役所を辞職し札幌に移住。北海道NPO被災者支援ネットの生活相談センター長、札幌市北区第二地域包括支援センターの社会福祉士、北海道社会福祉士会の被災生活保護受給者生活再建コーディネーターなどを務めた介護と福祉のプロフェッサー。フリーソーシャルワーカーとして、個別支援や人材育成など福祉全般に関わる活動を展開、札幌市白石区介護認定審査会委員などを務める。「池田まき公式サイトより一部引用
◇1972年生まれ東京都出身 ◇北大大学院修了 ◇フリーソーシャルワーカー ◇2014年の総選挙に北海道2区から無所属で出馬し惜敗

森 つねと参議院北海道選挙区候補

森 つねと 野党共闘をさらに前へ
安保法制=戦争法廃止、安倍政権打倒のための5野党合意に心が震えています。「反ファシズム統一戦線」ともいえるもので、独裁政治から日本を救う希望の光が見えてきました。多くの有権者のみなさんと語り合いましたが、その反響は予想を超えるものでした。札幌駅前で訴えを終えると、演説を聞いていた70代の男性が声をかけてくれました。「今度は共産党に入れる。初めてだよ」共産党は「大嫌いだった」という男性。しかし、この間の国会論戦と「野党合意」をめぐる対応で評価が一変します。「志位委員長はよく決断してくれた。安倍政権を倒さないといけない。共産党が1番まともだけど1党では勝てない。だから、1人区で協力するというのは大きいよ」男性は居酒屋で自分の思いを友人に語り、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末、その場にいた12人全員が日本共産党支持を決めたそうです。国民みんなで手をつなぎ、安倍政権を必ず倒したい。野党共闘を前へすすめ、国民連合政府をつくるために、日本共産党を伸ばしてください。「想いのかけ橋」より引用しています。

森候補は参院選挙区候補など国政選挙をたたかい全道を行脚した候補者でもあり、国政の場でも即戦力の政治家です。森候補は「総選挙では暴走を続ける安倍政権に対し、政治をよくしてほしいという大きなうねりとなり党が躍進しました。選挙後も党への期待は高まっています。(参考「しんぶん赤旗」15年1月20日付)

有権者の心を震わせる命と暮らしを守る政治理念と政策、理路整然と安倍政治の危険性を説く久しぶりの論客、国政の場でも即戦力として仕事ができる候補者です。

森 つねとのプロフィール
◊1978年:札幌市白石区生まれ ◇1996年:北広島西高校卒 ◇1998年:日本民主青年同盟道常任委員 ◇2000年:北海道東海大学卒 ◇共同学童保育所チポリーノ指導員 ◇2001年:日本共産党北海道委員会勤務 ◇青年学生部 ◇「しんぶん赤旗」記者 ◇准道委員 ◇2012年:衆院道3区国政対策委員長 ◇現在、党道国政相談室長。

いわぶち友参議院比例予定候補 行動圏 北海道・東北

いわぶち友 原発事故がなければ
東日本大震災津波と東京電力福島第一原発事故から5年が経ちました。犠牲になられた方々に哀悼の意を表するとともに、みなさんのご支援に心から感謝申し上げます。

南相馬市には原発事故で避難が続く小高、かつて避難地域に指定されていた原町、それ以外の鹿島があります。3月11日だからこそ原発ゼロと声をあげたいという思い。目の前を通る車から次々に手が振られます。原発事故さえなければ失うことのなかった命があり、当たり前のくらしがあります。この5年間、一人一人が経験してきたこと、思いのどれもが原発ゼロの十分な理由になります。これは福島県だけの話ではないと思います。福島原発事故をきっかけに原発ゼロの運動が大きく広がり、原発がなくても大丈夫だということを証明しました。大津地裁が高浜原発3、4号機の運転差し止めを決めましたが、国民の運動が政治を動かしています。原発ゼロを政治決断し、福島切り捨てをやめさせて復興を進めるためには安倍政権を倒さなくてはなりません。命がかかった参議院選挙です、必ず勝たなければとあらためて決意しています。「想いのかけ橋」より一部引用

いわぶち友さんのプロフィール
◊1976年:福島県生まれ ◇2000年:福島大学卒 ◇民主青年同盟県委員長歴任 ◇現在、党県常任委員、党県くらし・雇用対策本部長。

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